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「間」を取るのは難しい。。(ビートたけし「間抜けの構造」)

 

「間」を取ることの難しさ

 

「間抜け」の語源は「間」が悪いということなんですね。

テンポが悪い、拍子抜けする、というところから転じて「あの人は間抜けである」となる。人と人が対面すれば、その間には「間」ができるわけですが、その「間」を言葉や空気や態度が行ったり来たりするわけで、そのテンポが悪いと「間抜け」になる。

 

「間」は目に見えないし、時間とともにめまぐるしく変わるものなので、「間」をうまく取るには相当高い技術が必要。

 

 

少なくとも自分の間を取る

 

間が大事というのはたけしさんのおっしゃる通りなんだけど、それが出来ないから人はコミュニケーションで悩むわけですね。

 

間がうまく取れない間抜けにとっては、この社会は全くもって生きづらい。僕はこの「間」の処理が上手くない。テンポ良く相手の会話に反応出来ず、がっかりしてしまうことは日常茶飯事。どんな人のどんな「間」に対しても対応できる人がうらやましい。

 

間が悪い人間は、少なくとも自分の間合いをしっかりと把握して、その間合いで動くことを心がけた方が良いんだろうなと思いますね。

 

昔やっていた剣道みたいなもんでしょうか。自分の間合いに居るうちは大体の相手の動きには反応できる。これが相手の間合いになってしまうとどうも動きがチグハグになる。

 

お互いが心地よいと思うそれぞれの間合いを取り、そこから少しずつ間合いを調整して二人の間合いをシンクロさせていく。コミュニケーションっていうのはそういうことなのかな、と思います。

 

「間」は本当に難しい。まさに「間」は「魔」ですよ。永遠の課題。

 

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          ビートたけし「間抜けの構造」